学生時代の友人からの年賀状に東京マラソン出場するぞ~と書いてあった。
彼は九州在住で、数年前の上京の折に一緒に飲んだのが最後だから、応援がてら顔でも見ようかとはじめての東京マラソン観戦に出かけた。
僕にとって、これが初めてのマラソン観戦だ。
会場周辺の雰囲気をつかむためにもと思って、早めの8時30分頃新宿駅に着くとあちらこちらにスタッフが立って案内している。
新宿西口は何年振りかな、なんて思いながら地下道を抜けて京王プラザホテルの前あたりまで来ると、ここから先は関係者以外立ち入り禁止らしい。
一応、ネットで情報は調べていたからゲートとかブロックなるものがあって、そこに行けばスタート前の出場者がいて、「お~い、〇〇~」とか叫べば「お~、来てくれたんかぁ~」なんて会話が出来るんじゃないかと勝手に思っていたのだが、どうやらそれは甘い考えであるらしい。
そこで、すぐそばにあったインフォメーションとか書いてあるテントに向かう。するとそのテント内には誰も居らず、横に佐川急便の制服を着た男性がふたり立っているだけだ。「佐川の人に聞いてもなぁ」と思って見回すと周りは関係者だらけなんだけど皆さん話こんでいたりして、誰がインフォメーション関係者なのかわからない。
まあ、こういうときは警備担当であるお巡りさんに聞けば確実かなと思って聞いてみると、「この横断歩道渡って向こうは歩いて行けますよ。」とのこと。どうもありがとう。
でも、まあ、そうなんだろうけどちょっと違うんだよなぁ。
僕は会場全体の歩行者が行けるところとか行けないところとかを把握したかったんだけど、どうもスタッフひとりひとりも把握していないんじゃないかという匂いがする。
それじゃ、まだ時間もあるし僕が歩き回ってみればいいんだなと言うことで歩道橋を渡って西口公園のほうに行ってみることにした。
やっぱり、高い所は見晴らしいいわ、それじゃと写真をパチリ。
とそのとき、「立ち止まらないで下さい。」「写真は一枚撮ったら進んで下さい。」 えっ? そうなん?
歩道橋の上は3人くらいしかいないんだけどなぁ~。それにこれ望遠で撮っているから歩道橋の真下には片側三車線の道路しかなく端っこに小さいテントがあるだけなんだけどなあ。イチローが爆弾投げたってあの人達の所まで届かないよ、きっと。
それに、そもそも、この通りはスタートする通りと違うんだし、ぶつぶつ・・・・。
まあ、しょうがないか。この言ってる人だって誰かが決めたマニュアルに沿って言わされてるんだよね。最近は、テロだ何だかんだと神経質になっているからね。
そうそう、スタッフの皆さんはそんなに感じ悪くもなく普通に対応しているし別に腹も立たないし。もうちょっと歩き回ってみようっと。それで、歩きながらふと遠くを見やるとテープのようなもので通路が規制されている。
そのテープの小径をたどってみると何かぐちゃぐちゃしながらスタート会場からどんどん遠ざかっているように見える。
そして、その規制線の中の広いエリアの中には、警備関係者と思われる人が3人いるだけ。
なんか、その光景を見たとたん心が萎えた。
まあ、「お~い」と友人に声掛けたかっただけだからそんなに場所にはこだわってはいないし、もうそれは無理だと思われたのでスタート地点からコースに沿って観戦場所を物色することにした。
そう思いながらコース沿いに歩いているとコース上をクルマが走って来た。
スタートには、ちょっと早いんじゃないかなと思っていたら目の前を車いすが、ガーっと走って行く。ああそうっか、車いすマラソンはスタートが早いんだね。そうだった、そうだった。
そのあと、ちょっとしたら場違いなスポーツカーが、おお、そのあと、白バイも。いよいよか~。
いつスタートしたんだ、先頭が目の前に。
とここで、歩道の脇のビルの植え込みの周りを囲んでいる高さ30㎝で幅も30㎝くらいの花壇の枠みたいなやつの上に立ってカメラを構えていたら、向こうから歩いて来たスタッフらしいオヤジに「危ないから降りて下さい。」と言われてしまった。
「何が危ないんや」と思ったけど、僕も60年以上日本人やっているから、まあ、ここは黙っていたほうがいいというくらいの分別はある。
でもね、心優しいビルのオーナーが皆さん疲れたらここで休んでいってねと歩道脇に作ってくれたしっかりしたベンチのような段のどこが危ないんだろう。これが危ないんだったら僕が以前勤めていた職場の階段なんて立ち入り禁止だわ、アホ。
とにかく、スタッフでも警備員でも部長でもいいんだけど、制服着るとかバッチ付けるとか役職につくとかすると妙に上から目線で偉そうに何か言いたがる輩が多い。
とここまで書くと僕は相当怒っているように見えるだろうけど全然怒ってない。
ただ、この東京マラソンって言うイベントは、何か上っ面だけで血の通っていない奴が仕切っているような匂いがしてきた。
とそんなことを考えながら、横目でランナーを見ながら歩いているとちょうどいい観戦場所の直角カーブが見えた。ここで、しばらく観戦しようっと。
でも、お巡りさんの靴って何故バックルと紐の両方がついているんだろう、不思議。
バックルのほうは、ズボンを入れて留めるためだろう。それなら、紐のところもバックルでいいんじゃないかな?
それとも、すべて紐とか。
実用性を余り感じないんだけど、まさかこれってファッション?
この時点でスタート20分後くらい。
この後も延々とこれが続く。
う~ん、これが35500人と言うことなんだなと妙に納得。
これだけの人がこちらに向かって押し寄せると、最初は数えられる個だったものが、段々とそれは流れとなっていき、ひとつの液体となり流体となって目の前を通り過ぎていく。
女装した男性も、メイドさんも、風船つけたおじさんも、金髪の美女も、目の前に見えてはいるが見えてはいない。
感じないし、声さえ聞こえない。聞こえるのは、流れの音だけだ。
これは、年齢によって僕の感受性が乏しくなっているからなのか、それとも、普通にあることなんだろうか?
そもそも、僕には何万人もの群衆が自分に向かって延々と走ってくるなんて、そんな経験は今までに一度もないのだからわからない。
スタートから30分くらいたってもまだその流れは続いていたが、僕はそこを離れた。
はっきり言って、飽きた。
新宿西口の地下に潜ってスマホの時計に目をやると、もうここに来て一時間以上が過ぎている。身体も冷えたし、朝のカフェインとニコチンの補給をしながら本日の作戦でも練ろうとドトールに入った。
つもりだった。
店に入って、カウンターの女性に注文しようと思った瞬間、入り口の側に立っていた女性が言った、「いらっしゃいませ、奥へどうぞ」
ボーっとしていた僕の頭もその瞬間飛び起きた。
「ええっ、違うやん。ドトールやないやん、ここ。」心の中でつぶやいたが後のまつり。しかし、ここでカフェインとニコチンの欲求を断ち切って、回れ右をして店を出て行くほど僕は強くはない。
でも、なんでここがドトールに思えたんだろう。
店に入ってすぐの、ピカピカに磨かれた濃い茶色の古そうなカウンターも、昔の名曲喫茶にあったような深い赤のビロードのソファも、ドトールとは似ても似つかない。
それに、なぜドトールなのか、スタバやベローチェでなく。
僕の頭はボケているとしか言いようがない。
ドトールの3倍のお金を払って店を出るとき、振り返ってもう一度入り口を見たが、どうやったらこれがドトールに見えるのか、不思議でならない。
しかし、ずっとその喫茶店の入り口を見ていると今度はイタリアンレストランに見えて来た。どうやら、僕の頭は狂っているらしい。
丸の内線の改札に向かってトボトボ歩く。
今日は、私鉄沿線にあるウチから都内までの往復と東京メトロ線乗り放題チケットというもので来ている。逆に言うと、都営地下鉄は選択肢に入れられないと言うことだ。
おまけにあの喫茶店で寛いでしまったので、近くは間に合わないということで赤坂見附経由で水天宮前まで行くことにした。
地下鉄を降り地上に出ると目の前に奇麗な水天宮さんがそそり立っている。確か建て替えたんだったよね。
しかし、腹が減って来た。そういえば今朝はトースト一枚だけだったんだ。
そこで、パンと暖かいミルクティでも買おうかと目の前にあるファミマに入ろうとすると女性ランナーが小走りに僕の前を横切って店に入って行った。
何を買うんだろう?
靴擦れでバンドエイド、はずれたゼッケン留めるのに安全ピン、パンツのゴム、思ったより紫外線が強そうだから日焼け止め、ランナーが倒れたんでAEDありませんか、とか。
そろそろ、お昼前だから食べ物とかは?
ブランチにクリームパンとあったかいカフェオレとか、いえいえ、私はグルテンフリーだからお昼はサラダだけよとか、今日は重労働だからスタミナつけたいのでガッツリ焼肉弁当で決まりよ、とかね。
とこんな感じで妄想している間にその女性ランナーは消えていた。
わかった!
あの女性ランナーは実はこのファミマのパートさんで、東京マラソンに当たったんだけどどうしてもシフトを変えてもらえず店長も許してくれず、泣きの涙で諦めようと思っていたが、そこで閃いた。
「当日のシフトは11時入りだから楽勝よ。新宿から走ってくればいいじゃん」
そうか、真相はこうだったんだ。う~ん、女は強し。
アホか、普通はトイレだろう。
普通の人ならそう思うのだろう。今、これを書きながら僕もそう思った。でも、どういう訳か、その時はトイレが思い浮かばなかった。途中でランナー用の簡易トイレを見たからかもしれない、それとも、やはり僕の頭が変なのだろうか。
沿道を歩きながらランナーを見たりサポートスタッフを見たりして、ブラブラしてみた。
ここは、反対側も走っているんだ。
補給所では、いろんな食べ物や飲み物を配っている。みかん、パン、飴、梅干しまであった。中には、立ち止まって食べている人もいる。
1万円も払っているんだからいっぱい食べないとね。
それにしても、1万円ならもうちょっといいもの食べたいな。例えば、ローストビーフとか暖かいビーフシチューとか、まあ容器とかの問題もあるだろうから中華街のでっかい豚まんとか粒々マスタードたっぷりクラブサンドとかでもいいかな。
しかし、どうでもいいけどアイツが来ない。
サブ4目指します、なんて書いていたから10㎞1時間としたらそろそろ来てもいい頃だ。ちなみにサブ4って、フルマラソンを4時間以内で走ることらしい。
そこで、居場所を決めて定点観測を始めるが、そこで気が付いた。これって、スタートの時と同じじゃないか。
最初のうちは、3人にひとりの顔やゼッケンは認識できる、でも、それが、5人にひとりになり10人にひとりになりして、そのうち、また水の流れのようになって行く。せめて、どんなウェアを着ているかくらい聞いておくべきだった。
とにかく、こんなことはAIにやらせるべきだ。
これじゃ、目の前を通り過ぎてもわかりゃしないよなと思えてきたので、そろそろゴールの大手町のほうへ行こうと地下鉄の階段を降りた。
大手町について、皇居側にゴールがあるのはネットで確認していたので皇居のほうへ地下道を進んだ。
こういう地下道の飲食店街のような所は、店の外にトイレがあったりするよな。なんて思いながらキョロキョロしていると、やっぱりあったトイレマーク。でも、その隣にうれしい発見、おお、喫煙所マーク。
JTさん、どうも、どうも。
でも、よく考えるとあんなに高い税金取っているんだからこういうものは、その税金から出すべきじゃないかな、そうだろ、日本政府。
とにかく、一息つこう。
用も足したしニコチンも注入したし、様子を見ようとのんびり皇居あたりをふらふらしていると前にランナーが見える。どうやら、ゴールした後のランナーの通路らしい。僕が歩いている歩道の横は片側3車線×2=6車線の道路、その向こうが皇居。
しかし、その柵に囲まれたランナー通路のところまで来たら歩道が無くなっている。でも、その柵がちゃんと開いているところがあるじゃないか。そうか、ここを通っていいんだなと思ったけれど、分別のある僕は傍に立っていた制服姿の警備のおじさんらしき人に確認した。「ここ、通っていいんですか?」
「はい、どうぞ」と愛想よく言ってくれた。やっぱりね。
ランナーはパラパラと僕に向かって歩いてくる。僕はその通路を遠慮がちにゆっくりと端っこを歩いて行く。すると、後ろから女性の声がした。不意をつかれて、何を言っているのか判然としない。ようく聞いてみると何か許可証を持っているかと言っているのだ。そんなもの持っている訳がない。
その女性に、あのおじさんがいいと言ったんだけどねぇ。などと言ってみたが始まらない。もう半分くらいは来ていたけれど、その女性に促されるまま僕は柵の入り口まで戻されてしまった。
その女性には、あのおじさんにちゃんと誘導するように言っといてよとか、あのおじさんには、歩いちゃダメって言われたよとか、にこやかに言っておいた。
見ていると件の女性は、その後、あのおじさんとは会話もせず、だから注意もせず、先ほどまで話していた男とまた話しているだけ。
このイベント、また、ちょっと変な匂いがしてきた。
警備のおじさんとか件の女性とかには、全然腹も立たないんだけど、しかしねぇ、これだけ道路を占有しておきながら幅2mくらいの歩行者通路はとれるでしょ。それを右の計6車線の道路を信号待ちさせて渡らせて、また、それを信号待ちさせて戻らせる。
ロの一辺で済むところをコの字に三辺歩いて来いと言う訳。6車線は結構あるよ。ベビーカー押したお母さんもいたしね。田舎のバス通りとは訳が違うよ、計12車線分。
民間の工事なら端の1車線つぶしてでも歩道を確保しているよ。日曜のこの辺りは、たいしたクルマの量じゃないんだしね。
こんな所は、他にもあった。
日比谷公園の端っこの確か片側3車線道路では、道路を完全封鎖した横断歩道が何故か一方通行になっていた。その一方通行出口では、警察官のおにいさんがおおきな声で、「こちら側からは通れません。左側の横断歩道をご利用下さい。」と怒鳴っている。左側に横断歩道なんてないんだけどなぁと思って探したら、あった。日比谷公園の幅分だから数百m先の交差点にあった。
その怒鳴っているおにいさんの横では、女性警察官が一生懸命外国人の女性に説明している。「ここは一方通行なので通れません。一方通行で・・・」何度も同じことを日本語でひとりの女性に繰り返している。でも、その外国人の女性はまったく理解できないようだ。まあ、言葉も理解できないんだろうが、自分の眼前の光景も理解できないんだろう。
両端の通行止め用らしき車両以外、駐車車両も人もいない広々とした道路の数百m離れた両端の横断歩道が、片側だけ一方通行になっている。
目の前の30m程向こうの道路の反対側に行くには、数百m離れた横断歩道を渡って迂回しなければならない。
なんて、日本人でも理解できないよ。
また、日本語がわからないらしき外国人の女性に日本語で延々と同じことを繰り返していた女性警察官とおぼしき人もかわいそうだと思う。彼女のいる所からちょっと行った日比谷公園内には、Englishと書かれた帽子をかぶった通訳とおぼしき人たちが、4~5人固まってたむろしていたのだ。ひとりでも、手伝いにまわしてあげればと思ったのは僕だけじゃないだろう。
何を考えているんだろう、このイベントを計画し運営している人たちは。
都の職員、警視庁の職員、スポーツ関連団体の人達、政治家、ボランティア、色々な人たちがいるんだろうけど、紙の上で誰かが決めて、周りはハイハイ言ってるだけ。その決めている人たちも道路占有許可とっているからと定規で線を引けば終わり。
「人の流れはこっちだからこの横断歩道は、一方通行にしよう、歩行者は少ないけどね。」
「ここは、道路の向こう側に渡って戻ってくればいいじゃん、たいした距離じゃないし。」
実際、東京マラソンに関心のない一般の通行人や皇居観光に来た人たちのことなど、まったく考慮されていない感じがする。
このイベントを計画し運営する人たちは、みんな自分たちのほうからしか物が見えてないと言うことか。
そして、それを別に悪いことだとは思っていない。だから、スタッフの人たちは、悪びれる風もなく、肩身の狭そうな様子も見せず、みんな明るく対応できるんだ。すごい大会を運営している我々には、大義があり正義があるから正しいことをしていると信じているから。
なんか、最近、こんな場面によく出くわすような気がする。
そして、パスを首からさげたスタッフ達は、縦横無尽に占有区域を歩いている。誰も歩行者と同じように迂回したりはしない。
ほんのちょっとの思いやりと想像力があれば、その線を引くときに気が付きそうなもんだけどなぁ。多分、その人たちは悪党じゃないんだろうなぁと思うけど、だとしたら、自分のしていることの意味もわからないバカだと言うことになる。
それじゃ、この国の総理大臣と同じじゃないか。
困ったもんだ。
そろそろ、スタートして5時間になる。夕方には帰宅したいので引き揚げようと思って、アイツの携帯に「まだ、走っているなら健闘を祈る。じゃ、また」とメッセージを送り大手町を後にした。
とこんな感じで、この観戦記も終わるつもりだった。
だが、この文章を書いている間、記憶が曖昧な箇所など出て来て東京マラソンのHPを見直したりしていたら、衝撃の事実が判明した。
な、なんと、リアルタイムでランナーの5km毎のタイムがわかる。おまけに予測位置情報も出ます、だと。う、うそ~!
と言うことは、水天宮前でぼうっとしていたり、皇居前とか日比谷公園辺りをぷらぷらしたりする必要はなかったんじゃん。来そうなところに先回りして、「お~い、〇〇頑張れよう!」とか言えたんじゃん。
だから、応援している人たちの前を応援される人がタイミング良く走っていたんだ。そう言う、「来た来た、〇〇ちゃん来た~。」なんて人達が妙に多いなとは思っていたんだ。それを今日まで気が付かないかねぇ。
それと、この大失敗のことなどでネットをうろついていた時に読んだ記事によると、こんなツールがあってもお目当てのランナーと出会えない人もいるらしい。それで、それを回避するコツは応援者がランナーを見るけるんじゃなく、ランナーが応援する人を見つけるように良く話しておくべきだそうだ。
それはそうかも、あの集団のなかからは位置が分かっていてもなかなか見つけられないよ。
この外国の人たち、この後、お父さんらしきランナーが走って来て子供と喜びの記念撮影。なかなか、微笑ましいシーンでした。
だから、準備は大切なんだよ。ちゃんと調べましょう。前日の夜にスマホでちゃちゃっと調べたくらいじゃダメと言うこと。ズボラはやめましょう。
どこからか、いろんな声が聞こえて来た。
今回の東京マラソンは、いろいろな面で僕の弱点が浮き彫りになったイベントでした。