この本の副題は、”甦った宣教師シドッチのDNA”となっている。しかし、新井白石の「西洋紀聞」のネタ元であるジョバンニ・バッティスタ・シドッチに隠し子が居て、その子孫が現代の日本で見つかったとかいう話ではない。
シドッチの骨の話である。
シドッチは、1708年10月10日か11日に屋久島に上陸した。彼は、それ以前の4年間マニラにおいて日本潜入の準備をしていたというから準備万端で、おまけに髷に帯刀で上陸したらしいが、あっさりと捕らえられて江戸に送られた。
そして、今回発掘された地下鉄丸の内線茗荷谷駅近くの切支丹屋敷に6年間幽閉された後に亡くなるのである。
シドッチは、ローマ教皇庁の法律顧問をしていたというから高い博識と人格を備えていたようで、白石にも敬意をもって接遇されたようだ。
このシドッチの日本史における功績は重要なようで、幕府の蘭学の容認から杉田玄白らの著した「解体新書」へと繋がり、その後の明治維新へも影響を与えていると言う。こんな人だからシドッチの遺骨の分析は、日本史の研究者やカトリック関係の人々にも関心をもたれたようだ。
ただ、著者の専門は古い骨のDNA分析なので、当然この本も発掘された古い骨をどうやって分析していくかと言うところが本筋である。
切支丹屋敷で発見された遺骨は3体であり、その中でシドッチの遺骨はどれなのか、男性か女性か、年齢は?
発掘現場や埋葬状況を詳しく紹介しながら遺骨の形態学的調査、そして、DNA分析へと進んで行く。
ここで、我々素人にとって興味深いのはDNA分析の基礎的なところから最新の解析手法までを順に紹介しているところである。
また、人間のDNAって、ネアンデルタール人やホモ・サピエンス、ヨーロッパ系やアジア系など系統だって判別できるし、それだけじゃなく、日本人かどうかもわかるしトスカーナのイタリア人とまでわかる。
ホントにすごい、古い骨のDNA分析ってこんなに進んでいるんだ。
そして、こんな古い骨の分析の実際を読みながら、この本の主人公であるシドッチと一緒に埋葬されていた長助とはるの夫婦の人生に、僕は思いを馳せるのである。
本書は、遺骨が発掘され分析されるまでの一連の流れを簡潔に、そして本題のDNA分析の箇所では適度に詳しく順を追って紹介している。通勤電車で読むのにピッタリの好著である。
最後に、著者の研究者としての昨今の状況に対する危機感の表れが述べられていたので紹介しよう。
なぜなら昨今では技術と結びついた科学を、お金を儲ける手段としてしかとらえられない風潮がある。しかし、科学は社会を豊かにする文化としての側面をもっている。技術の基礎となって応用への道を開くのは、科学の持つ可能性の一部に過ぎない。われわれはそのことを忘れていないだろうか。
同感。
そして、十数年前に知人が教えてくれた彼の同級生の大学の研究者の話を思い出した。彼曰く、「研究者は、500万円の研究費を出してくれるなら土下座でもなんでもするよ。と言ってたよ。」
あれから十年以上たっているけれど、何も変わっていないかもっと悪化しているのだろう。
こんな国に誰がした、もちろん僕ら国民がしたのは疑いようもない。